東京高等裁判所 昭和46年(う)2954号 判決
被告人 川井光次
〔抄 録〕
所論に基づき原判決を検討するに、原判決は、被告人が公訴事実記載の日時ころ本件自動車を運転し時速約二〇キロメートルの速度で本件交差点を府中街道方面(西方)から恩多町方面(東方)に向って直進し、交差点の入口から約〇・七二メートル進入した地点で、右方の久米川駅方面(南方)から水道々路(北方)に通ずる道路上を北進してきた鴨川要三郎運転の原動機付自転車を発見し、急制動の措置をとったが間に合わず、同交差点内でこれと衝突し、同人が死亡したこと、本件交差点は、鴨川の進行した南北道路の交差点の手前左側端に一時停止の標識が設けられていたが、交通整理の行なわれていない交差点であって、かつ被告人の進行した東西道路からの左右の見とおしも、鴨川の進行した南北道路からの左方の見とおしも、いずれもきかないものであったこと、しかるに、被告人は本件交差点に進入する以前に時速約二〇キロメートルに減速し、本件交差点の手前で警音器を二、三回鳴らしただけであり、一方鴨川は本件交差点で一時停止をしないでこれに進入したものであるとの各事実を認定した。そしてさらに、被告人の通行道路の幅員と交差道路の幅員との関係について、被告人の進行してきた道路の幅員は、有蓋の側溝部分も含めて約七・九メートルであって、交差点をこえた恩多町方面では約七・六メートルであり、鴨川が進行した道路の幅員は、無蓋の側溝部分を除いて約七・六メートルであるが、交差点をこえた北方の水道々路では無蓋の側溝部分を除き約三・五メートルにすぎないと認定したうえ、被告人の進路と鴨川の進行してきた交差点までの道路との幅員はほぼ等しいのであるが、鴨川の直進しようとした交差点をこえた北方の道路の幅員は、前示各道路の幅員の二分の一にも足りないのであるから、このような交差点においては、被告人の進路が鴨川の進路よりも明らかに広いものと認めるのが相当であり、本件の場合、昭和四六年法律第九八号による改正前の道路交通法(以下単に道交法と略称)三六条二項の反面解釈によって、被告人には同法四二条の徐行義務は免除されるとして、被告人には過失がないと判断し、被告人に対し無罪の言い渡しをしたのである。
しかし道交法三六条は、交通整理の行なわれていない交差点において、互に違った方向から進入する車両等の間の優先順位について、まず二項において、非優先道路または狭い道路からこれと交わる優先道路または明らかに幅の広い道路との交差点に入ろうとする車両等に対し、交差道路を現に通行している車両等の有無にかゝわらず、すべてまず徐行すべき義務を定め、つぎに三項において、非優先道路または狭い道路にある車両等に対し、優先道路または幅の広い道路から交差点に入ろうとする車両等の進行の妨害を禁止し、他方、優先道路または幅の広い道路を通行する車両等に対しては、四項において、同法三五条二項、三項に規定する路面電車の進行の妨害禁止義務および左方道路からの進入車両等に対する進行の妨害禁止義務を解き、以上の反射的効果として、優先道路または幅の広い道路にある車両等の交通を優先的に確保し、もって交通整理の行なわれていない交差点における交通の混乱、危険の発生を阻止し、右交差点の交通の円滑を図ったものである。従って、同条二項の「その通行している道路の幅員よりもこれと交差する道路の幅員が明らかに広いものであるとき」とは、右条項の前記の趣旨から考えると、本件交差点のように十字路(変形)の場合には、交差点入口で徐行状態になるために必要な制動距離だけ手前の地点から見て、一方の道路の幅員よりもこれと交差する道路の幅員が交差点の左側、右側いずれにおいても一見してかなり広いと見分けられるときに、はじめてその交差道路の方を幅員が明らかに広い道路というべきである。原判決の如き見解の下では交差点における交通の円滑は確保できない。
道交法三六条二項を右のように解する見地に立って本件交差点を見るに、原審の第一回、第二回各検証調書によれば、本件交差点において交差する各道路の幅員は前示の原判決認定のとおりであって、当審の検証の結果に徴して明らかなとおり、被告人の進路上および鴨川の進路上のどの地点から見ても、被告人の通行していた東西道路の幅員が鴨川のそれよりも一見して明らかに広いものとは到底認められない。しかるところ記録によれば、本件交差点が交通整理の行なわれていない交差点で左右の見とおしのきかないものであることもまた明らかである。
そうだとすれば、被告人運転の本件自動車が本件交差点を進行するに当り、道交法四二条所定の徐行義務を免れる道理はなく、被告人には本件交差点において徐行の義務があったのである。従って、右の徐行義務はないとして、その義務違反を内容とする被告人の業務上の過失責任を否定した原判決は、道交法の右各法条の解釈を誤り、ひいては刑法二一一条の解釈を誤り、その結果法令の適用を誤った違法があるというほかなく、その結果は判決に影響をおよぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。論旨は理由がある。
(三井 石崎 杉山)